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2010年07月 アーカイブ

知る権利があると言うこと・・・その3

永い間、新聞記者たち、マスコミ人の多くは、表現の自由は、マスコミのためにあり、その裏付けとなるべき「知る自由、知る権利」もマスコミ専用だと考えてきたフシがあります。

少なくとも、そう思いこんでいた方は多いのではないでしょうか。

表現の自由や知る権利がマスコミ専用ではなく、本来国民一人一人にあって、マスコミはそれに奉仕すべき存在である、と理解したのでした。

昭和四十七年の沖縄密約漏洩事件(外務省機密漏洩事件)。

この事件はとある記者がひきおこし、当時毎日新聞の「知る権利キャンペーン」の担当者としてある記者が、連日、朝刊、夕刊と奨なる紙面を作ったそうです。

そのころすでに、アメリカでは、国民の「知る権利」の一環としての情報畠法が制度化されて六年を経ていたし、前年の一九七一年の六月にはニューヨークタイムスが、米政府のベトナム介入の秘密の数々を記録した「国防総省秘密報告書」をのせて、同国民の知る権利とそれに奉仕する新聞社に凱歌があがっていたそうです。

その経過などを調べているうちに国民天天の知る権利の存在とそれに奉仕するマスコミの立場を思い知らされたのでした。

知る権利があると言うこと・・・その4

ここで少し沖縄密約漏洩事件のことにふれておきたいと思います。

昭和四十六年六月に、時の佐肇作政権下で結ばれた沖縄返還協定をめぐる、日米間の密約が表に出て騒ぎになった事件です。

それはアメリカが日本へ沖縄を返還するに当たってそれまで使っていた軍用地の復元補償費として四百万ドルを支払わなければならないが、アメリカとしては払いたくない、日本の方で肩代わりして、アメリカが支払ったような形にしてくれ、という密約でした。

その密約を裏づける外薯の機密文書(日米間の外交交渉のもようを記し奄文)を毎日新聞政治部の西山杢.記者が入手して、密約の存在をにおわせる記事を何回か書いたが、あまり反響はありませんでした。

そこで、同記者はこの文書を社会党の露孝弘代議士(現北海道知事)に渡し、同代議士が昭和四十七年三月二十七日の衆議院予算委で政府を追及したのです。

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