知る権利があると言うこと・・・その6

昭和四十七年四月十五日に「ひそかに情を通じ、これを利用して」という起訴状が発表され社側は知る権利キャンペーンの中止を命じました。

ある記者が「男女関係はプライベートなことで記者個人のモラルの問題だ。報道のための取材は次元が別であり、ここで退くことは、取材の自由のために将来に禍根を残すことになる。ましてや、密約を結び、なおその存在を否定している政府の責任追及は続けなければならない」と考え、上司にもそう訴えたそうです。

大方の記者たちもそう考え、グループで当時、竹橋の本社五階にあった編集主幹室につめかけ、主幹や編集局長らにつめ寄ったそうですが、「女を泣かせて、何が知る権利だ」という外部の声、それに販売店など、内部の批判も強く、四月十五日付夕刊の「本社見解とおわび」以来、それまでの「沖縄密約と知る権利、私はいいたい」などの連載もパタリと中止となりました。

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