役立つ話題かと思います その5
■ぜんそくについて
くしゃみや鼻水が増してくることがありますが、これはぜんそく発作の前ぶれの際に多く、発作の最中にはむしろ少なくなってきます。
脈拍は増してくるのが普通です。
また頭痛、腹痛、下痢などの症状が発作に伴うこともあります。
患者は、呼吸困難のため、窒息するのではないかという不安感におそわれ、不穏な状態になります。
■ぜんそくについて
くしゃみや鼻水が増してくることがありますが、これはぜんそく発作の前ぶれの際に多く、発作の最中にはむしろ少なくなってきます。
脈拍は増してくるのが普通です。
また頭痛、腹痛、下痢などの症状が発作に伴うこともあります。
患者は、呼吸困難のため、窒息するのではないかという不安感におそわれ、不穏な状態になります。
■ぜんそくについて
ぜんそくには、せきをほとんど伴わない場合もあります。
たんはねばねばしていて、吐きだすのがむずかしく、たんがのどにからんでせきをしても、うまく出ないとよく訴えます。
このような際に吐きだされるたんは、透明でねばねばの度含が非常に高く、水に浮かべると木の枝のような鋳型になっていることがあります。
気管支炎のような感染を合併すると、黄色、または緑色の膿のようなたんになることもあります。
ぜんそく発作のときには熱はないのが普通ですが、感染症が合併すると発熱することがあります。
したがって、熱を伴った発作の際にも注意が必要です。
こんにちは。
先日やっとリサイクルトナーを使うことになったんです。
エコですねー。
さて、本題です。
エコポリスではどういう生活をすべきか。
白いプラスチック袋が圧倒的に増えています。
自然に分解する袋ができたそうですが、私はあれにも反対です。
要するに、捨てていることには変わりない。
スーパーにいくと必ずくれるが、袋を持ってきたからいらないと断わればいいのです。
アメリカには、インテグラル・アーバンハウスといいまして、いろいろなことをインテグラルしようという家がすでにできています。
農村でできるのはあたりまえ。
農村であたりまえなことを都市でやることに意義があります。
■ぜんそくについて
酸素欠乏のため、くちびるや指が紫色がかってくることもあります。
これをチアノーゼとよんでいますが、チアノーゼは軽い発作ではみとめられませんから、これがあらわれれば重篤なぜんそく発作であるという証拠で、注意を要します。
脈拍が呼吸に伴って大きくなったり小さくなったりする場合も発作が重篤であることを意味します。
せきは出るのが普通ですが、多くはからぜきです。
せきがひどくて、のどから出血したり、眼球結膜に出血して、そこに出血斑を生ずることもまれではありません。
■ぜんそくについて
喘鳴は、典型的場合には、息を吐きだすときにはっきり聞こえることが多いのですが、かならずしもそうとはかぎらず、息を吸いこむときにも聞こえることがまれではありません。
また、発作のときの呼吸は、息を吐きだす時間が、息を吸いこむ時間よりも長くなり、呼吸が浅く早くなります。
発作時の呼吸困難が強度になると、あおむけに寝ることができず、すわって前かがみの姿勢をとって呼吸をするようになります。
これを起坐呼吸とよび、これは、この姿勢のほうが胸郭の呼吸補助筋や、横隔膜の運動を容易にするためです。
このような高度な呼吸困難の際には、呼吸筋をすべて動員して努力しなければ呼吸ができなくなり、呼気は著しく延長してきます。
■ぜんそくについて
ぜんそく発作の主な症状は、喘鳴を伴った呼吸困難です。
定型的な場合には、くしゃみ、せきなどの前ぶれがあって急に息苦しくなり、「ぜいぜい」または「ひゅーひゅー」という喘鳴を伴った呼吸になります。
軽い発作のときには聴診器によってはじめて聞きとれる程度ですが、重いときには、本人はもちろん、離れたところにいる家族にも聞きとれるようになります。
しかし、ぜんそくの発作が極端にひどくなると、空気の出入りが減少してくるので、たとえ聴診器を用いても、呼吸音とそれに伴う喘鳴がはっきり聞きとれなくなる場合があります。
これは危険な状態を意味します。
今、考えて、この問題で新聞社側が反省すべきことは、①結果としてニュース・ソースを秘匿できなかった、②自社の紙面で密約文書そのものをのせるべきだった。
と改めて思わされます(当時、世間から指摘されていることだだったそうですが)。
密約の報道について西山記者と社の幹部は①文書そのものを出すとニュース・ソースがバレる、②たとえ、このような密約があろうとも、沖縄が早急に日本へ返還されることの方が重要である。
今水をさしたくない―と考えました。
十何年前の切迫した状況下でのギリギリの判断を、歴史の歯車が相当に回転したあとで、気楽に、ああすればよかった、というのは気がひけると思いますが、当時の記者はそのことにアタマがまわらなかったそうです。
報道することが、むしろ長い目で見た国益にかなうことだったのでした。
昭和四十七年四月十五日に「ひそかに情を通じ、これを利用して」という起訴状が発表され社側は知る権利キャンペーンの中止を命じました。
ある記者が「男女関係はプライベートなことで記者個人のモラルの問題だ。報道のための取材は次元が別であり、ここで退くことは、取材の自由のために将来に禍根を残すことになる。ましてや、密約を結び、なおその存在を否定している政府の責任追及は続けなければならない」と考え、上司にもそう訴えたそうです。
大方の記者たちもそう考え、グループで当時、竹橋の本社五階にあった編集主幹室につめかけ、主幹や編集局長らにつめ寄ったそうですが、「女を泣かせて、何が知る権利だ」という外部の声、それに販売店など、内部の批判も強く、四月十五日付夕刊の「本社見解とおわび」以来、それまでの「沖縄密約と知る権利、私はいいたい」などの連載もパタリと中止となりました。
ノラリクラリと言を左右にし、密約の存在を認めない佐藤首相らに対して、ここにその文書があると、政府側に、文書をつきつけ、決裁の印なども見せたために、外務省側が、機密文書の漏洩ルートを調べはじめ、西山記者と、同記者に文書を渡した蓮見喜久子事務官が、国家公務員法の秘密漏洩と、そのそそのかしの罪に問われました。
第一線の記者たちが「国民の知る権利のために、新聞記者は取材している。その取材が罪に問われるのは、国民の知る権利を踏みにじるものであり、憲法で保障された表現の自由に反する」と法律学者や文化人などにも依頼してキャンペーンを続けているうちにA記者とBさんとの間に、関係があったことがわかり、社の幹部たちが、あわてだしたそうです。
ここで少し沖縄密約漏洩事件のことにふれておきたいと思います。
昭和四十六年六月に、時の佐肇作政権下で結ばれた沖縄返還協定をめぐる、日米間の密約が表に出て騒ぎになった事件です。
それはアメリカが日本へ沖縄を返還するに当たってそれまで使っていた軍用地の復元補償費として四百万ドルを支払わなければならないが、アメリカとしては払いたくない、日本の方で肩代わりして、アメリカが支払ったような形にしてくれ、という密約でした。
その密約を裏づける外薯の機密文書(日米間の外交交渉のもようを記し奄文)を毎日新聞政治部の西山杢.記者が入手して、密約の存在をにおわせる記事を何回か書いたが、あまり反響はありませんでした。
そこで、同記者はこの文書を社会党の露孝弘代議士(現北海道知事)に渡し、同代議士が昭和四十七年三月二十七日の衆議院予算委で政府を追及したのです。